高校生のとき、生物の先生に「ウイルスは生きていると思うか?」と聞かれたことがある。
当時の僕は、ウイルスは生きている、と答えた。
細菌と同じように動物に感染し、病気を引き起こすのだから、生物である、というようなことを言った覚えがある。
先生の答えはNOだった。
独立して代謝を行えないし、自己増殖もできないから生物ではない、と先生は答えた。
僕は、「今の生物学の定義では」ウイルスは生物ではないのだ、と理解した。
それから十数年たって、「ウイルスは生きている」を読んで、生物学者の中にも議論は続いてるのだと知った。
非常にエキサイティングな切り口からウイルスとは何か、生物とは何か、を語りかけてくる。
独立した代謝反応等は生物と非生物を切り分ける明確な境界のようにも思えるが、その境界上に位置する存在が見つかることで、境界は簡単にあいまいになる。
他の生物との共生が進み、自己増殖できない細菌も存在するし、ウイルスは一塩基の違いでウイルスとしての機能を失い、転移因子となりうる。
生物とは連続的な存在で、物質と生物の間にも明確な境界などないのかもしれない。
ウイルスとは何か、生物とは何かを深く考えさせてくれる本だった。
当時の僕は、ウイルスは生きている、と答えた。
細菌と同じように動物に感染し、病気を引き起こすのだから、生物である、というようなことを言った覚えがある。
先生の答えはNOだった。
独立して代謝を行えないし、自己増殖もできないから生物ではない、と先生は答えた。
僕は、「今の生物学の定義では」ウイルスは生物ではないのだ、と理解した。
それから十数年たって、「ウイルスは生きている」を読んで、生物学者の中にも議論は続いてるのだと知った。
非常にエキサイティングな切り口からウイルスとは何か、生物とは何か、を語りかけてくる。
独立した代謝反応等は生物と非生物を切り分ける明確な境界のようにも思えるが、その境界上に位置する存在が見つかることで、境界は簡単にあいまいになる。
他の生物との共生が進み、自己増殖できない細菌も存在するし、ウイルスは一塩基の違いでウイルスとしての機能を失い、転移因子となりうる。
生物とは連続的な存在で、物質と生物の間にも明確な境界などないのかもしれない。
ウイルスとは何か、生物とは何かを深く考えさせてくれる本だった。